*この地図は大和ミュージアム公式ガイドブック(33p)からスキャンしたものです。
昭和20年の呉市広の画像です。広には戦時中、航空機の開発や生産をする海軍航空廠がありました。
*呉海軍工廠の一部としておかれた広支廠が広海軍工廠として独立し、第11海軍航空廠となりました。

*広重油槽は現在全て埋め立てられています。地元の方の話により虹村公園で発見。現在も危険なのか埋め立てられた重油槽跡の近くだけに立ち入り禁止のロープが張ってある。昔は大量の重油槽があった。

*螺山砲台・吉松山砲台は現在も残っている。

*名田山機銃砲台は明確な砲台跡は確認できないが、建物の基礎跡や井戸か炊事場のような跡は残っている。基礎跡や井戸跡のある場所は開拓してあり、山の中に25mプールくらいの平地がひらけてある。
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4の写真は本来山だった部分が人工的に削られて出来た斜面。写真左の一段下がっている場所には基礎跡などがある、右は本来の山の地形。

*本部は門柱の可能性あり、 昭和10年の広工廠正門と見比べてください。

*会計部倉庫は現在米軍弾薬庫になっています。休山から望遠撮影。

*鋳物実験部は現在なくなり、工場が建っている。

*呉海軍航空隊の場所には【X字】の滑走路があったが現在はトラックが出入りし関係者以外入ることは出来ない。


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2008/2/7更新